12年ぶりの帰還。パテック フィリップ「8日間タンク」がなぜ“王”と呼ばれるのか

パテック フィリップがなぜ「時計界の王(表王)」と呼ばれるのか。
その理由は、このブランドが「複雑時計」だけでなく、一見シンプルに見える「実用複雑機能」においても、他ブランドを寄せ付けない圧倒的な技術力を持っているからです。
2025年、パテック フィリップは12年ぶりに「8日間長動力(8-Day Power Reserve)」モデルを復活させました。
その名は「リュウ・ダ・ルパ・デ・カルティエ(Calatrava)」Ref. 5328G。この時計が、なぜ時計ファンを熱狂させるのか。その核心に迫ります。
1. 8日間動くだけでなく、「正確さ」も保つ
世の中には「長動力(Long Power Reserve)」を謳う時計は数多く存在します。
しかし、パテック フィリップの長動力が他と一線を画す理由は、「全動力域にわたる精度保持」にあります。
一般的な機械式時計は、ネジ(発条)が緩んでいくにつれて、振り子(振り輪)の振れ幅(振幅)が小さくなり、それに伴い誤差が生じやすくなります。
この「8日間動く」という行為自体は、発条を長くすれば実現できます。しかし、「8日間、最初と最後で精度が変わらないようにする」のは極めて困難な技術です。
パテック フィリップは、この難題を「ツインバレル(双発条盒)」という機構で解決しています。
主発条盒(メイン): 時計を動かす動力を直接供給。
副発条盒(サブ): 常時、主発条盒にエネルギーを供給(充填)。
この「主・副」の発条盒が直列(直結)しているため、主発条は常に「満タン状態」に近い高張力で動くことが可能になります。これにより、8日間という長きにわたり、パテック フィリップ マーク(日内誤差 -1/+2秒)という高精度を維持しているのです12。
2. 驚異の薄さ:10.52mm
もう一つの驚きは、その「薄さ」です。
長動力時計の常として、「発条が長くなる=ムーブメントが厚くなる=ケースが分厚くなる」というジレンマがありました。
例えば、同クラスの長動力ウォッチであるIWC(万国表)のポルトガル系7日間モデルはケース厚約13mm、パネライ(沛纳海)の8日間モデルに至っては14mmを超えます。
しかし、Ref. 5328Gはケース厚仅仅10.52mm。
これは、ロレックスのデイトジャスト41(約11.6mm)よりも薄く、一般的な正装時計と遜色ないサイズ感です27。この薄さを実現するために、パテック フィリップは発条の材質改良や、ムーブメントのレイアウト最適化を徹底的に行っています。
3. リトグラフ風文字盤と「隠し味」の9日目
Ref. 5328Gのベースとなったのは、2013年に発表されたスクエアケースのRef. 5200です12。
今回はそれをラウンドケース(丸形)に置き換え、カルティエシリーズの新しい「復刻レトロ」デザイン言語を取り入れています。
文字盤: 2022年以降の新作で採用されている「カメラレザー(革カメラ)」テクスチャー。これはかつてのカメラボディの手触りを再現した、独特の凹凸感と光沢が特徴です。
針: いわゆる「注射器針(シリンダ針)」と呼ばれる太めの針と、立体的なアラビア数字時刻。
機能配置: 12時位置に8日間動力表示、6時位置に小秒針・瞬跳式日付・曜日表示を配置。
そして、ベゼル側面にはカルティエシリーズの新定番となった「パリ・クロワゼ(Paris Clous)」が施されています。注目すべきはリュウズガード部分で、ここではケースの角が「架空」され、パリ・クロワゼが途切れないよう丁寧に彫刻されています。このわずかな0.2mmの妥協しない造形が、パテック フィリップの本質です14。
ちなみに、この時計の実際の動力は9日間。9日目の朝には針が止まりますが、赤色でマークされた9日目の領域は「そろそろ巻き上げよう」という、時計からの優しいサインです13。
4. 2つのカルティエ:「純正装」と「復刻レトロ」
2025年現在のパテック フィリップは、カルティエシリーズにおいて明確に「2つの顔」を持つようになりました。
「純正装」スタイル: 例えばRef. 6196Pのような、極めてシンプルで格式高いクラシックなデザイン。
「復刻レトロ」スタイル: 今回のRef. 5328Gのように、古き良き時代のデザインを現代的に解釈し、遊び心と複雑機能を盛り込んだスタイル。
Ref. 5328Gは、単なる「長動力時計」ではなく、「パテック フィリップの技術力を結集した、腕元に纏う宝石」です。
しかし、この時計が12年間という時を経て、なぜ今、これほどまでに時計ファンの熱い視線を集めているのか。
それは、この一振りの中に、「長く使える、正確な、美しい」という、機械式時計の理想形が凝縮されているからに他なりません。